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助成対象詳細

Details

2019 先端技術と共創する新たな人間社会     

アスリートへのメンタルヘルス支援アプリの実装による効果検証 ―対人サービスへの先端技術導入の利点と課題の抽出
Effects of Implementing Mental Health Support App for Athletes: Benefits and Challenges of Introducing High Technology to Interpersonal Services

企画書・概要

Abstract of Project Proposal

本企画では、人間が得意とする心や精神性に関わる対人支援に注力するための、ICT 活用のあり方を提案する。本企画では、アスリートのメンタルヘルス支援に ICT ツールの導入を試みる。ICT ツールの導入により、メンタルヘルス支援の敷居を下げること、セルフケア能力の向上、支援の判断に役立つデータの自動収集を行う。1)インタビュー調査から、アプリ活用の利点、対人支援に求めたい点を整理する。2)3 ヶ月間の効果検証では、不調とその対処に関する知識や態度を聴取し、その変化から効果の有無を判断する。本企画は、社会への発信力のあるアスリートと協働する点も特徴的である。人間が全て担ってきたメンタルヘルス支援の一部を ICT ツールによりカバーし、対人メンタルヘルス支援の充実を期待する。人にしかできない「自身の心の状態を理解しようとすること、身近な他者の心を想像すること、社会での自分の役割や社会関係性を見出すこと」をメンタルヘルスの観点から社会に発信することで、地域社会での人のつながりを強め、人に優しい社会を構築するといった社会貢献ができると考えている。
This project will promote to utilize ICT focusing on interpersonal psychological support that humans are good at. We will develop and introduce ICT tools to support the mental health of the professional athlete group. The introduction of ICT tools might reduce the barrier to take mental health support, and enhance self-care skills. Moreover, the ICT tools collect data automatically to help determine the need for assistance. We will investigate the benefits of the ICT tools and the points required for interpersonal services that have been provided from interview surveys based on the results of the questionnaire surveys. In addition, we will also investigate "self-monitoring", "self-care ability" and "distress and knowledge and attitudes about coping to distress" which are introduced in the ICT tools during the three-month, and examine the effect from the changes. One of the strength of our project is to collaborate with professional athletes. ICT tools can cover a part of the mental health support that all humans had been responsible for and that we hope those tools will enhance the interpersonal support on mental health. Our team will disseminate a piece of information about the strengths of humans, "understanding the state of one's own mind, considering the others, finding a role and social relationships in society", to the society through this project from the perspective of mental health. Our efforts can lead to strengthen human connections in the community and build a human-friendly society.

実施したプロジェクト内容と方法

Describe the implemented project and the method used

本企画の目的
本企画の目的は、人間が得意とする心や精神性に関わる対人支援に注力するためのICT活用のあり方を提案することであった。提案のための題材として、これまでほとんど手がつけられてこなかった日本スポーツ界におけるメンタルヘルスケアシステムの構築について、アスリートと研究者・医療者とで問題意識を共有し、ケアシステムにどのように先端技術が貢献できるかを検討、課題抽出を行なった。また、メンタルヘルスやそのケアの観点から検討するにあたり、生態学的モデルに基づき、社会環境要因と個人要因の双方からアプローチした。

方法―社会環境要因と個人要因へのアプローチ
社会環境へのアプローチとして、webサービスである「よわいはつよいプロジェクト」を立ち上げた。メンタルヘルスに関心を持っていない層、あるいはケアに対する抵抗が強いと思われる人々の意識変容を目的に、「アスリートが情報発信の担い手になることで広く一般社会への貢献を目指す」取り組みであった。webサイトに目指す社会やコンセプトを示し、また、SNSを通じて多くのアスリートの賛同者からのコメントを掲載した。東京オリンピックパラリンピック前後には著名アスリートのメンタルヘルス不調や治療経験の告白を機に、国内外のメディアで数多く取り上げられ、メディア関係者との議論の場にもなった。さらに、「よわいはつよいプロジェクト」として、ラグビー選手会と共に実施した実態調査に関するリリース、また、その結果を引用してアスリートが自身の経験をSNS上でコメントしたことにはスポーツ界内外で高い関心を集めた。その他、webサイト内でのインタビュー/対談、コラム等を掲載し、イベント開催の他、積極的にメディアとのコミュニケーションを図った。これらの取り組みにより、これまでメンタルヘルスを話題にしなかった層がメンタルヘルスについて考える機会を提供することができたと考えている。よわいはつよいプロジェクトというバーチャルコミュニティを築き、そこで気づかれた新しい知識や態度、行動(習慣)を、リアルコミュニティへ持ち帰ることで、新しい価値観を普及啓発できる可能性を示した好事例を示す取り組みであった。

次に、個人要因へのアプローチとして、標準的なメンタルヘルスケアへの先端技術導入について検討するため、下記の4つに取り組んだ。1)これまで一定の効果が確認されてきたメンタルヘルス支援アプリ(認知行動療法アプリ)の導入について、ラグビー選手会にてトライアルを実施した。しかし、なかなか利用されず、その理由としては「メンタルヘルスケアの重要性が認識されない現状では利用されない。」という意見を得た。また、「誰にケアが必要なのか、自分にもこのアプリが必要だ、と気づく機会が必要。」という課題が認識された。これらの課題を踏まえ、アスリートのためのメンタルヘルススクリーニングツールやアセスメントツールを開発した。2) スポーツ界のインフラツールへのメンタルヘルスケアの導入では、開発したツールを、各チームが利用している所属選手コンディショニング管理アプリに搭載することで、個々のアスリートがメンタルヘルスニーズを認識する機会を提供した。現役ラグビー選手11名にトライアルを依頼したが、スクリーニング・アセスメントツールへの回答は1回のみで継続的な回答は確認できなかった。その理由として、主には、「メンタルヘルスの情報はチーム関係者に知られたくない。」という抵抗感が認められた。また、チーム関係者側からは「不調と分かってもどう対処するのが正解かわからない。」というフィードバックも得た。新たに得られた課題を把握した上で、3) 利害関係のない人への相談窓口の設置を試み、10ヶ月間のトライアルを実施した(PDP:Player Development Program)。PDPは、アスリートを一人の人間として多面的にサポートし、具体的には、所属チームとは利害関係のない人と定期的に話す機会を作ることで、メンタルヘルスケア及びライフスキルサポートとしての機能や必要な場合には専門的支援を促すことを期待するものである。このゆるやかな関係づくりモデルは、一般市民にも適用が可能と思われる。本トライアルでは、現役アスリート11名に、所属チームと利害関係のない元アスリートが1対1で支援についた。アスリートからのフィードバックには「チーム外に話ができる人がいると安心。視野が広くなった。自分の可能性を考える機会になった」と良好な反応であった。一方、今後の課題として「アスリートのことを理解してくれているので心を開くことができたが、なかなか直接に出会えない。」といった意見が得られ、これらの課題は、先端技術の導入により一部対応できる可能性があると考えられた。4) デジタル相談員の開発に向けたTwitter会話分析を行い、アスリートが安心して心の様子を曝け出し相談できるデジタルツールの開発を試みた。具体的には、ラグビー選手のTwitter上での会話を分析、一般人との比較を行うことで、アスリートが好む会話スタイルの特徴が明らかになった。さらにデータ量を増やし、実際の会話データも加えて分析を行うことで、アスリートとの親和性の高いデジタル相談員の開発が期待できる。このデジタル相談員は、アスリートを日常的にケアし、専門家に繋ぐことのできる存在になる可能性があり、ケア人材不足の課題の解決にも貢献できるだろう。また、ここで得られる知見は、これまで作成してきたスクリーニングツールやアセスメントツール、あるいはメンタルヘルス支援アプリにも反映することができると考えている。
  • よわいはつよいプロジェクトとは?
  • PDP:Player Development Programとは?
  • よわいはつよいプロジェクトでのSNSによる発信

助成期間終了時点での成果と今後期待される波及効果等

Describe the results at the end of the grant period and expected ripple effects

助成期間終了時点での成果
本企画の中で得られた知見は、学術誌や商業誌への掲載、メディア対応やイベント登壇等、積極的に公開してきた。また、よわいはつよいプロジェクトSNSでのインプレッションは代表的な2つの記事で100万近くリーチしたことを示した。学術と実践の両方で成果を示してきた。特筆すべきは、本プロジェクトで公開した論文は、日本において、トップカテゴリーのアスリートのメンタルヘルスについて国際学術誌で報告した初めての研究となったことである。その後、海外研究者との交流が増え、現在は、国際スポーツ機関であるIOCから承諾を得て、国際標準のメンタルヘルスツールキット(スポーツ団体向けのガイドライン)やスクリーニングツール等の日本語版開発を担当している。また、よわいはつよいプロジェクトの趣旨に賛同するアスリート・研究者・医療者・メディア関係者、海外研究者と繋がることができ、この2年間でwebプラットフォームとしての基礎を構築することができた。本企画で構築した基礎を、今後さらに広く普及・発展させたいと考えている。

今後期待される波及効果
社会環境要因へのアプローチ:よわいはつよいプロジェクトによる新しい価値の提供
①学校教育への展開
学校教育では、新学習指導要領(教育基本法に基づいて学習内容を規定する指針)の開始に伴い、メンタルヘルス教育が拡充された。思春期の児童生徒及び周囲の教員のメンタルヘルスの課題は深刻である。部活動における不適切な指導等の背景にはメンタルヘルス上の課題が指摘されている。本企画で得た知見・成果である「よわいはつよいプロジェクト」の取り組みについて、アスリートが学校に出向き、教育界にも共有されることで、現在と将来の国民全体のメンタルヘルスリテラシーの底上げが期待できると考えている。予備実施として、2021年11月には、ある小学校で「スポーツ×メンタルヘルス×アート」のイベントを開催し、一定の効果を確認した。同様の企画を広く展開し、「アスリートの経験を共有する」「心の様子を表現する共同作業をする」等を含む、アスリートによるメンタルヘルス啓発事業パッケージの開発は、実現性が高く、また新規性があるものと考えている。

②メディア関係者への展開
メディア関係者によるメンタルヘルスに関する発信は、個人及び社会全体のメンタルヘルスリテラシー(知識や態度)に影響を与える大きな要因の1つである。メディアの中で、マスメディアは広く社会世論を形成することに貢献し、SNSメディアは特に若者の意識・行動変容において、共に重要な役割を担っていると考えている。メディアの影響は悪いものだけでなく、メディアがアスリートによるメンタルヘルス啓発の一役を担うことができれば、メンタルヘルスに関する知識向上や態度の改善に貢献できる可能性がある。webプラットフォームである「よわいはつよいプロジェクト」を活用し、アスリートとメディア関係者が相互に有益な関係を築くための対話及び意見交換の機会を作ることで、メンタルヘルスに配慮したメディアガイドラインの開発することが望まれる。

個別要因へのアプローチ:専門家にスムーズにつなぐシステムの整備
本企画による知見として、アスリートが、困った時に心を開いて相談できる相手とは、「利害関係がなく、アスリートに親和性の高い存在」であることがおおよそ明らかになってきた。このような存在は、人間だけでなく先端技術を用いたデジタル相談員にも期待できる。人間では実際に競技生活を経験した元アスリートが当てはまるが、彼/彼女らは、アスリートが心を開く言葉や雰囲気を備える一方で、メンタルヘルスの知識やケアのスキルは十分でない。デジタル相談員では、専門知識やスキルは、スクリーニングツール等をインストールすることですぐにでも利用可能な状態になるが、アスリートが親和性を感じる言葉を持たない。先端技術を用いることで、それぞれを補完するサービスを開発できる可能性がある。具体的には、ケアのスキルを身につけた実際の人間がアスリートの支援を行う様子(会話等)をデータ化し、現在までに蓄積したTwitter分析データと組み合わせて処理、会話の特徴を活用することで、感情的な繋がりを感じられるデジタル相談員を開発することが可能である。会話データがさらに蓄積されることで、アスリートとの親和性を高めるように育てることが可能である。このアプローチは、アスリートに限ったことではなく、一般人にも応用が可能であると考えている。
  • 日本版開発中のツールキット
  • 学校教育への展開可能性

プロジェクト情報

Project

プログラム名(Program)
2019 先端技術と共創する新たな人間社会     
助成番号(Grant Number)
D19-ST-0012
継続 (y)
題目(Project Title)
アスリートへのメンタルヘルス支援アプリの実装による効果検証 ―対人サービスへの先端技術導入の利点と課題の抽出
Effects of Implementing Mental Health Support App for Athletes: Benefits and Challenges of Introducing High Technology to Interpersonal Services
代表者名(Representative)
小塩 靖崇 / OJIO Yasutaka
代表者所属(Organization)
国立精神・神経医療研究センター 地域・司法精神医療研究部
National Center of Neurology and Psychiatry, National Institute of Mental Health , Department of Community Mental Health & Law
助成金額(Grant Amount)
6,000,000
リンク(Link)
活動地域(Area)