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助成対象詳細

Details

2019 研究助成 Research Grant Program     

蚊媒介性感染症対策における伝統知と科学知の融合 ―おばあの知恵が高める災害後のレジリエンス
Fusion of Local Traditional Wisdom with Science in the Development of Countermeasures against Mosquito-borne Infectious Diseases: Grandma's Wisdom Enhances Resilience in the Event of a Disaster

企画書・概要

Abstract of Project Proposal

20 世紀から続く災害と戦争による土地利用の変化、地球温暖化、グローバル化による人とも のの移動は、蚊の生息分布域を拡大させ、病原体の変化を促すことで新興再興感染症の出現を促 進させてきた。地球上で最も人を死に至らしめる動物は蚊であり、未だ世界では年間 60 万人が 蚊媒介性感染症で亡くなっている。蚊の対策は不断の、そして喫緊の課題である。
 亜熱帯である沖縄は、かつて蚊媒介性感染症に長く苦しみ、戦時下で戦争マラリアの惨劇を体 験したが、その後、蚊媒介性感染症の多くを撲滅した誇るべき歴史を有する。沖縄には特有のハ ーブや多くの外来ハーブが生育可能で、蚊や感染症対策の民間の知恵が蓄積されている。
 今回我々は、沖縄の民間の虫除けや薬草をアーカイブ化する。また沖縄に生息可能なハーブ類 から抽出した成分の虫除け効果、抗ウイルス効果を検証する。民間の知恵に新たな知見を加えた 虫除け剤の開発をモデルとし、持続可能で安全な地元ブランド力発信を目指す。更に、プロジェ クトに沖縄の地域の子供達を参加させ、地域の植物や環境に興味を持たせることで、持続可能な 地域づくりと災害時のレジリエンスに貢献する将来の担い手を育成する。
 Since the 20th century, changes in land use owing to disasters and wars, global warming, and the movement of people because of globalization has promoted the advent of emerging and re-emerging diseases through expansion of expanding the mosquito habitat and encouragement of adaptations in pathogens. Mosquitoes are among the deadliest animals to humans in the world, and 600,000 people die annually worldwide of mosquitoborne infectious diseases. Control of mosquitoes is a constant and urgent task.
 Okinawa has suffered from mosquito-borne infectious diseases and experienced war malaria tragedy under abnormal situation during the wars. However, it has a proud history of eradicating many mosquito-borne infectious diseases. Unique herbs, as also many foreign ones, can grow in Okinawa, and local wisdom of measures against mosquitoes and infectious diseases has accumulated.
 In this study, we will prepare digital archive of Okinawan private insect repellents and medicinal herbs in Okinawa. We will also verify the efficacy of the insect repellents and antiviral effects of ingredients extracted from herbs that occur in Okinawa. By integrating science with local tradition and wisdom, we aim to disseminate local brand power and model the development of local insect repellent as a sustainable and safe approach. In addition, we aim to develop human resources who can contribute to sustainable and disaster-resilient community. For this purpose we include local children in this program and make them have an interest in natural surroundings.

実施したプロジェクト内容と方法

Describe the implemented project and the method used

20世紀から続く災害と戦争による土地利用の変化、地球温暖化、グローバル化による人とものの移動は、蚊の生息分布域を拡大させ、病原体の変化を促すことで新興再興感染症の出現を促進させてきた。地球上で最も人を死に至らしめる動物は蚊であり、未だ世界では年間60万人が蚊媒介性感染症で亡くなっている。蚊の対策は不断の、そして喫緊の課題である。亜熱帯である沖縄は、かつて蚊媒介性感染症に長く苦しみ、戦時下で戦争マラリアの惨劇を体験したが、その後、蚊媒介性感染症の多くを撲滅した誇るべき歴史を有する。沖縄には特有のハーブや多くの外来ハーブが生育可能で、蚊や感染症対策の民間の知恵が蓄積されている。本プロジェクトでは、「沖縄の蚊媒介性感染症との闘いの歴史に埋もれた”おばあ(高齢の女性を指す沖縄の方言)”のくらしの知恵と知識を、研究者の技術で作成し、効果を検証することにより、可視化し現在に生かすことを目的とした。また、近年では補助金によるサトウキビの単一生産にも限界が来ており、これに代わる事のできる作物種を増やして行くことが沖縄県などの南西島嶼地域における新たな価値の一つとなると考え、関係者市民とともに検証することにより、持続可能な社会を創造し、来るべき災害を乗り越えるレジリエンスとバイタリティを有する地域の担い手を育てることも目指し、以下の5項目について取り組んだ。
◯ 項目1. 伝統知の振り返り――文献、聞き取り調査
 沖縄には従来、蚊よけおよび植物病害昆虫の忌避に対するさまざまな民間の知識が存在している。その一部の例として、モロコシソウ(沖縄名:ヤマクニブ)やヨモギ(沖縄名:フーチバー)が有する蚊よけの効果などの言い伝えなどが存在している。本研究の第一歩として、上述の例のみならず、沖縄県に存在する各種植物体に関連する疫学的な観点からの知見を民間伝承や医学的な観点から調査した。
◯ 項目2. 伝統知の実証――忌避効果、殺虫効果の検証
 天然の蚊よけの成分として知られている物質は揮発性物質である場合が多い。シトロネラールやシネオールなどはその一例である。このような化学的特徴を有していることは、有効な成分を効果的に(塗布された)対象付近の空間に拡散することが可能であるため重要である。項目1.で着目した各種の植物に対して、水蒸気蒸留法を行い、揮発性の成分を中心として捕集した。ここで得られた植物から採取した物質をエタノールに混和した後、水で希釈し、これを比検体である人に塗布した後、蚊および植物ウイルス媒介昆虫に対する忌避および殺虫効果に関する検定実験を実施した。
◯ 項目3. 伝統知、その先へ――抗ウイルス効果、成分分析
これまでベチバーや月桃など、いくつかの植物において抽出物が抗ウイルス効果を持つという報告があるため、各植物から採取された揮発性物質又は煮沸抽出液が、デングウイルス、日本脳炎ウイルスおよび植物ウイルス(ナス科植物-ウイルスモデル材料)に対しての抗ウイルス効果(感染阻害効果または直接的な不活化効果)を有するかどうか検討した。さらに蚊の忌避効果や抗ウイルス効果について、植物由来のこれらの捕集物質から効果が認められたものについては、実際の作用物質の同定とその効果が示される濃度の適正値の特定実験を実施した。
◯ 項目4. 伝統知を現在に活かす――栽培
 沖縄県においては主要な作物以外には栽培のマニュアル化がなされていない。例えば、かつて沖縄で主要作物であるとともに、我が国においては極めて重要な大豆でさえ栽培化の方法のマニュアル化がされていない農業に関する知見の極めて乏しい県である。ここでは、検定および物質同定などにより、有用と認められた植物の畑地における栽培化のマニュアル化を行うことにより、普及を多いに広めるための知見を得た。これらの工程は主にフィールドにおいて作物の播種および挿し木等を行うとともに、作物学的手法および植物生理学的手法により、収量を構成する要素および植物体の個葉および群落光合成などの観点から得られる明確な植物の生育パラメータの把握を実施した。
◯ 項目5. 伝統知を未来へ――成果の発信
 本プロジェクトで得られた知見を、一般向けのワークショップ、展示会、広い分野の学会発表および論文化などを通じて広く情報を発信した。多数メディア(新聞、テレビ、ウェブ)で本事業の取り組みが取り上げられた。また研究アウトリーチの一環で、小学校のサイエンスクラブ活動や大学の演習でシチズンサイエンスのワークショッププログラムを実践した。
  • 月桃栽培試験
  • ヤマクニブ防虫剤作成
  • ハーブオイルの抽出

助成期間終了時点での成果と今後期待される波及効果等

Describe the results at the end of the grant period and expected ripple effects

研究成果となる伝承(おばあの知恵)の沖縄県での聞き取り調査の記録、および関連文献の解析、また今回の検証および、新たな知見を国内外に情報発信することを視野に入れながら活動を展開した。これまでに、虫除けや蚊遣り、民間薬に関する書籍や文献はあるが、本研究で収集した情報は、蚊媒介性感染症に特化した組織的な情報で、大変貴重であり、熱帯地やハーブを栽培する他の地域でも汎用性があり、国内外の機関、研究者、および市民へ貴重な資料となると考えられる。5項目の取組を実施して得られた主要な成果と今後期待される波及効果を以下に列挙する。
◯八重山のマラリア対策における資料収集と整理(項目1)
 沖縄県での聞き取り調査や文献の解析により情報を体系的にまとめることができた。すでにメディアでも多数取り上げられており、八重山のマラリア撲滅60周年の関連イベントなどで広く情報発信される予定である。
◯多言語版ストーリーマップ「八重山のマラリア史」作成(項目1)
 八重山のマラリア史をテーマに感染症撲滅の成功例を国際的な情報発信ができた。
◯蚊媒介性感染症に対する薬草の資料収集とアーカイブ化のホームページ公開(項目1)
 ホームページ「おばぁの感染症予防ハーブろぐ」は感染症予防に関するハーブの伝承知を集積し、広く情報発信している。大学生有志で持続的な拡充を図っている。
◯絵本「ヤキーヌシマの物語―八重山からマラリアがなくなるまで―」の出版(項目1)
 本事業で集積した情報をもとに絵本を作成し出版した。小中学校などで教材としての利用が期待される。
◯蚊の忌避実験系の構築とハーブ抽出液の蚊に対する忌避効果(項目2)
 ハーブによる蚊の忌避成分を特定し、これを利用した製品を開発することは、体に有害といわれるDEETなど化学物質が含まれていない天然素材で効果のある忌避剤として需要があるのみならず、災害時、情報や流通が遮断された時の公衆衛生対策(地域に生息する植物で、簡易に作成する忌避剤)へ適用できると期待される。
◯フラビウイルスに対する抗ウイルス剤に関する研究成果について特許出願(項目3)
発明の名称:フラビウイルスに対する月桃由来の抗ウイルス剤
 月桃由来の抗ウイルス剤の開発に向けた研究事業が実施されている。
◯月桃搾汁液の植物ウイルス(キュウリモザイクウイルス)感染抑制効果(項目3)
 令和3年度日本植物病理学会九州部会において発表し、学生優秀発表賞を受賞した。植物ウイルス病害に有用な農薬が存在しないため、期待が高く、抗ウイルス効果を持つ農薬の開発に関する研究事業が実施されている。
◯薬用植物(月桃、ヤマクニブ、ヨモギ、カラキ、ハッカ)の栽培試験(項目4)
 琉球大学の農学部の温室などで上記のハーブ類を栽培した。キナの木については、プロジェクト期間内では、沖縄美ら島財団において増殖した。令和4年度に琉球大学へ分譲される予定である。
◯松田ガジャンサイエンスクラブ(GSC)(令和2年度8回、令和3年度8回)の実施とシチズンサイエンス普及プログラムの構築(項目5)
 宜野座村立松田小学校のクラブ活動において感染症予防に関するシチズンサイエンス普及プログラムを実践しながら構築した。構築したプログラムにより様々な形で知の伝承活動の実施が可能になった。
◯大学生サイエンスコミュニケーター育成(項目5)
 大学生がサイエンスコミュニケーターとしてGSCにおいては小学生を対象に実験の指導を行い、また、大学生を対象にハーブの魅力を伝えるワークショップを主催した。本活動は、琉球大学令和3年度学生プロジェクト「ちゅらプロ」に採択され、参加学生は、サイエンスコミュニケーションの重要性を理解し、伝承知のアーカイブ化に対して、今後の継続的な活動に意欲を燃やしている。
◯琉球大学農学部亜熱帯農林環境科学演習へのテーマ提供(項目5)
 琉球大学農学部の3年次学生を対象として、グループ研究を半年間で実践してプレゼンテーションをする内容の演習の講義に対して、植物由来の精油の蚊除け効果を検証するテーマを提供し、ハーブの伝承知のアーカイブ化にも貢献した。

 さらに、今後は、1)国際誌への発表(忌避効果、抗ウイルス効果など)、2)特許の取得(特別事例 積極的な発信ができない場合も想定)、3)子供達と行う活動のSNSを通じた発信(多言語化を目指す)、4)JICA感染症研修コースとの連携により、地域や国の感染症対策の幹部に直接発信、5) 忌避効果を有する植物リストと忌避剤の作成方法に関するパンフレットの作成などを行うことで、さらに本プロジェクトの成果を波及させていく。以上により、おばあの知恵と地域の恵みが災害時の社会資本崩壊による環境悪化からのレジリエンスをサポートすることの温かみを享受し、科学の重要性を一般市民へ浸透させる一助となると期待できる。
  • 松田ガジャンサイエンスクラブ
  • 琉球大学ハーブワークショップ
  • 蚊除け試験

プロジェクト情報

Project

プログラム名(Program)
2019 研究助成 Research Grant Program     
助成番号(Grant Number)
D19-R-0126
題目(Project Title)
蚊媒介性感染症対策における伝統知と科学知の融合 ―おばあの知恵が高める災害後のレジリエンス
Fusion of Local Traditional Wisdom with Science in the Development of Countermeasures against Mosquito-borne Infectious Diseases: Grandma's Wisdom Enhances Resilience in the Event of a Disaster
代表者名(Representative)
諏訪 竜一 / Ryuichi Suwa
代表者所属(Organization)
国立大学法人琉球大学農学部亜熱帯農林環境科学科
Faculty of Agriculture, University of the Ryukyus
助成金額(Grant Amount)
5,600,000
リンク(Link)
活動地域(Area)