助成対象詳細
Details
2019 研究助成 Research Grant Program
気候危機と草の根インフラストラクチャーの実験 ―経済とテクノロジーのローカル化と自律性の探求
Climate Crisis and Grassroots Infrastructures: Experiments in Economic and Technological Localization and Pursuit of Autonomy
Climate Crisis and Grassroots Infrastructures: Experiments in Economic and Technological Localization and Pursuit of Autonomy
企画書・概要
Abstract of Project Proposal
この課題を前に政府の取り組みが苦戦する中、社会変革を模索する草の根の社会運動が登場 してきた。これらの運動の焦点の一つは、エネルギーと電力の供給、農業、移動と運輸などに不 可欠なインフラストラクチャーである。これらの運動は、膨大な二酸化炭素を排出する現在のグ ローバルなインフラを、ローカルで環境負荷の小さなものに作り変えることで、気候変動に立ち 向かおうとしている。
これらの運動は、デジタル技術を利用してグローバルに連携すると同時に、自らの手でインフ ラを作りだすことで特定の場所に根ざした自律性の獲得を目指している。本研究は、日本国内の 五つの運動を起点としてこのような運動の国際ネットワークを検討し、インフラストラクチャ ーの再編という具体的な活動の中から、持続可能な社会への移行に必要な「社会の新たな価値」 がいかに創出されつつあるのかを明らかにする。
While the governments seemed stranded by this overwhelming challenge, a number of grassroots movements are rising to experiment with social and technical possibility for transition to the sustainable world. One of the focuses of these movements is infrastructures that provide energy, organize transportation and mobility and take care of waste. These movements try to replace currently predominant global infrastructures, which are themselves a huge source of CO2 emissions, by inventing small-scale and locally based infrastructures with much smaller environmental impact.
While insisting on localizing infrastructures place-based autonomy, these movements also draw on international networks mediated by the Internet to share knowledge and know-hows. Based on ethnographic field work with these localization movements, this project explores the emergence of new social values for the transition to a sustainable world.
実施したプロジェクト内容と方法
Describe the implemented project and the method used
研究の主な対象となったのはいわゆる「ライフスタイル・アクティヴィズム」と呼ばれる、生活のあり方を変化させることで環境問題の解決を探る社会運動である。日本では辻信一の『スローライフ』やスローフード運動の登場を機に、1990年代からこうした思想が徐々に広まりをみせてきた。2010年代には地方への移住が注目を集め、いわゆる里山的な地域に移住し地域に根ざした経済活動や地域の伝統を生かした生活を営む人々が増加している。こうした人々の全てが自らの活動を環境運動と関係づけているわけではないが、多くの人々が持続可能性の問題を個人の生活の問題と結びつけている現状は注目に値する。
本プロジェクトでは、こうした生活実践を行う人々が環境問題、特に気候変動およびその対策として不可欠な温暖化ガスと環境負荷の削減にどのような関心を寄せ、政治的な影響力を行使しているのか、いないのかを明らかにすることを試みた。特にここでは、生活の基盤となっている物流や食糧システム、電力システムのようなインフラストラクチャーに焦点を当てて、生活様式の変容がこれらの大規模な技術システムの改革にどのような示唆を持つのかを考察した。そのために、本研究では上記のライフスタイル・アクティヴィズムに加えて、モノづくりを市民に開いていくことで産業と生活の関係を変えようという「メーカームーヴメント」にも焦点を当てた。この運動においてもモノづくりやテクノロジーに関心を持つ人たちと、市民によるモノづくりが廃棄物削減や循環経済の実現などの環境問題の解決に資する社会運動の一環とみなす人たちが共在している。この運動は、テクノロジーやインフラストラクチャーの問題に市民参加という視点からアプローチしている点で注目に値する。本プロジェクトでは、調査を担当するメンバーがこれらの運動に参加しながら、アクティヴィズムを取り巻く複雑性を記述していった。
しかしながら、本プロジェクトは開始直後にCovid-19のパンデミックに見舞われ、ほぼ二年近くにわたって当初の研究計画を大きく変更することを余儀なくされた。そのため、研究成果は当初想定されていたものと若干異なるものとなっている。想定外の成果の一つはCovid-19による移動の制限の中で調査を進めるためのデジタル人類学の手法の導入である。この手法はオープンソースのソフトウェアを用いてウェブサイト間のハイパーリンクを検出し、ネットワーク構造をビジュアライズする別のソフトを使ってウェブサイト間の構造的関係を描出・分析するものである。本プロジェクトでは、フィールドワークができない時期に、運動に参加する各アクターの相互の距離関係、公的機関や企業との関係を探索的に明らかにするためにこの手法を用いた。そこでは、フィールド調査の際に得られた知見を裏打ちしたり、フィールド調査の新たな方向を示唆したりするような分析成果を上げることができた。この手法についてはオンラインセミナーなどを通して広く一般に紹介した。
またパンデミック中には、多数の調査対象者と接触するような調査が不可能だったため、調査担当メンバーはそれぞれが特定の活動に深くコミットする形で調査を進めた。具体的には、京都における林業の問題と木材流通の問題を市民工房における実験的なものづくりによって解決しようとする運動、関西圏のパーマカルチャーと伝統薬草を活用しようとする運動、自宅での発酵食品作りを行う運動などである。これらの調査は、パンデミックが徐々に収束するにつれて徐々に通常のフィールド調査に近い形へと移行したが、当初の事情を反映して、特定の活動をより深く掘り下げるものとなった。加えて、これらの運動が焦点を当てる「作ること」を理解するために、研究者自らがフィールドワークの補助的な手段として作ることを実践する「DIY人類学」の方法を実験的に取り入れた。これらの事例調査の成果をデジタル人類学による調査結果と統合することで、最終的には気候変動とさまざまなアクティヴィズムについての一定の見解を得ることができた。
助成期間終了時点での成果と今後期待される波及効果等
Describe the results at the end of the grant period and expected ripple effects
本研究の成果の要約は以下のとおりである。
ライフスタイル・アクティヴィズムにおいては、自らの生活や環境を自らの手によって「作る」という経験が重視されている。ここでは、食料を生産したり、発酵食品を作ったり、生活に必要な道具を製作・修理する中で得られる五感を通して運動参加者は素材やテクノロジーを理解し、環境との関係を学んでいる。この点で、テクノロジーを一般市民に開こうとするメーカー・ムーヴメントとライフスタイル・アクティヴィズムの間には強い親近性がある。
また、このように「作ること」と生活を結びつける結果、ライフスタイル・アクティヴィズムは地域の農林業や小規模ビジネスと結びつく傾向がある。運動参加者の中には部分的に自給自足を行うと同時に、小規模なビジネスを行う者が見られる。また、これらのビジネスの中には、地域おこしや町おこしに関わるソーシャル・ビジネスも少なくなく、中には地域おこしや町おこしを通して自治体の助成事業などを行う場合もある。この背景には、ライフスタイル・アクティヴィズムの参加者の多くが地方に移住して生活変革の実践を行っているという現状がある。持続可能な生活を営むという視点からは、農村地域では自らが持続可能な方法で食料等を生産できるという魅力がある。また、地方には利用されていない田畑や山林、空き家など安価に入手できるリソースが存在するという認識が日本では広く広がっている。ライフスタイルを変えるために運動参加者はしばしば収入を犠牲にせざるを得ないため、こうした安価なリソースは非常に魅力的である。
一方、ライフスタイル・アクティヴィズムと地方移住が結びついた結果、運動参加者とビジネスおよび地方創生政策の間にも興味深い関係が生じている。過疎の農村地域への移住はほぼ必然的にライフスタイル・アクティヴィズムが目指すような生活の変化を伴う。そのため、地方創生政策は実質的に一部の人々のライフスタイル変容を後押ししていると言える。また、地方自治体等が移住促進のために業務委託するコンサルタントや社会起業家などもこうしたアイデアを積極的にプロモートしている。その結果、これらのビジネスとライフスタイル・アクティヴィズム、さらには地方移住や地域おこし促進のための補助金の間にはしばしば関係が見られる。特に近年増えてきた地方創生関係の事業を受注するデザイン企業は、生活の変化や持続可能性といったテーマを新たなデザイン価値として提起している。このように持続可能性を求める社会運動が、個人の生活やキャリア選択と、地域創生政策、ビジネス、デザインが連関しているという状況は日本に特有の状況であると考えられる。
こうした政策やビジネスとの連関は運動の焦点にも重要な影響を与えている。ライフスタイル・アクティヴィズムの運動は農業や林業を通して地域の景観や伝統的な食の維持につながる傾向があり、地域の環境保全に貢献している。また、2000年代ごろより広まっていった「里山」を持続可能な日本の原風景とみなす言説は、地域の農林業が伝統的な生活や生業と結びついていることもあって、日本のライフスタイル・アクティヴィズムと伝統文化の再評価を密接に結びつけてきた。
このように、地方創生政策や伝統文化、伝統復興と密接な関係がある一方で、ライフスタイルアクティヴィズムと気候変動の関係は薄い。運動参加者の間では気候変動への関心は概ね低い。また、個々人の生活を起点とした活動であるため、その視野の広がりは生活の中で生じる地域の景観や伝統に関わるものに集中している。そのため、電力システムの改革といったインフラストラクチャーの大規模な変革に関わる活動は、一部でコミュニティ電力の運動が見られるものの比較的低調である。ただし、その中でも食への関心は高く、地域での農業や伝統職の復興を通して、現在の大規模な食料システムに代わる地域的で代替的な食料システムに取り組む運動参加者は多い。
本研究のこうした知見は、日本における環境社会運動を理解する上で貴重な知見を提供している。この知見は、気候変動対策および脱炭素化のために必要な社会全体でのライフスタイルの変容を構想するための重要な出発点となるであろう。また、本研究は気候変動に適応するためのトランジション政策にとって重要な焦点を明らかにしている。すでに実質的に気候変動対策に資する活動を行なっているライフスタイル・アクティヴィストたちに気候変動の現状を伝え、彼らを脱炭素化政策などと結びつけていくことによって、現在広がりを欠いている日本における気候変動対策を一気に加速できる可能性があると考えられる。
プロジェクト情報
Project
プログラム名(Program)
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2019 研究助成 Research Grant Program
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助成番号(Grant Number)
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D19-R-0111
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題目(Project Title)
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気候危機と草の根インフラストラクチャーの実験 ―経済とテクノロジーのローカル化と自律性の探求
Climate Crisis and Grassroots Infrastructures: Experiments in Economic and Technological Localization and Pursuit of Autonomy |
代表者名(Representative)
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森田 敦郎 / Atsuro Morita
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代表者所属(Organization)
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大阪大学人間科学研究科
Graduate School of Human Sciences, Osaka University |
助成金額(Grant Amount)
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¥6,400,000
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リンク(Link)
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活動地域(Area)
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