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助成対象詳細

Details

2019 研究助成 Research Grant Program     

医療ケア児の家族の「語り」によるデータベース構築 ―家族と地域のつながりを生み出す社会的資源として
The Database Construction of ”Narratives” by Family with Medically Dependent Children: As a Social Resource to Nurture Communal Connection and Support

企画書・概要

Abstract of Project Proposal

医療技術の進歩により、在宅で人工呼吸やたん吸引などの医療的ケアを受けながら成人まで 日常生活を送る子どもは増加している。成長過程で可能な範囲で就学や進学、就職を目指すが、 現在、在宅での生活はもちろん学校や就業先でも親の付き添いを必要とする場面が多く、医療 的ケアを専門的に行える訪問看護師は全国で不足している。そこで主たるケアの担い手となる 母親は先の見えない状況下で孤軍奮闘している。自宅以外での預け先がない家庭も多く、あっ ても遠方に通わざるをえない。一般にも自分の地域にどんな医療的ケアを抱えた子がいるのか 理解されていない。家族(主には母親)の負担感、自身の加齢や社会的つながりの希薄さから くる不安と孤独、介護と家事の両立による肉体的疲労などは社会で共有される機会もない。本 研究では、医療的ケア児と家族が社会とつながることで誰もが生きやすい社会が構築され、こ のことが社会に新たな価値を創出できると考え、その手段として家族の経験や悩み、アイディ アを「語り」のデータベースとして動画公開することを目指す。この「語り」を通じて同じ境 遇にある家族間での情報共有を図るコミュニケーション機能を持たせると共に、社会にも医療 的ケア児と家族の置かれている状況への理解を促し地域社会を動かすツールとして機能させ、 又自治体関係者や技術開発者にもニーズを知り次のステップを促すことを目的とする。
 Advances in medical technology have contributed to raising the survival rate of children born with low body weight and disability. Due to technical development that enables artificial respiration and suction at home, children receiving long-term daily life while receiving medical care are on the rise. Children aim for school enrollment, higher education and employment as much as possible. Currently, however, there are many situations in which parent's attendance is required not only at home but also at schools and workplaces. This is because visiting nurses who specialize in medical care are short of hands nationwide. Parents as main caregivers are forced to struggle in isolation without social connection and support.
 In order to connect such families to the society, this research project aims to publish their experiences as an online “narrative” database of audiovisual interviews. This database should enable families in the same circumstances to share information, nurture society's understanding of children in need medical care and their families, function as a tool to move the community for support, and let local governments and technical developers know the needs of these children and their families.

実施したプロジェクト内容と方法

Describe the implemented project and the method used

本プロジェクトは、医療的ケア児の家族の語りを集め、それをデータベースとして公表し、当事者や支援者の気づき、周囲の人の理解を促し、政策や教育に活用することを目指すものである。

医療的ケア児とは、日常生活を送る中で、人工呼吸や呼吸を楽にするためのたん吸引、チューブから栄養をとる経管栄養など何らかの医療的ケアを必要とする子どもである。医療の進歩により、このような子どもたちは年々増加し、日本全国に2万人ほどいると推計される(厚生労働省研究班調べ)。

「医療的ケア児の家族の語り」プロジェクトでは、そうした子どもを育てておられる、または過去に育てておられた30代から50代のご家族42名(母親34名・父親8名)に対面またはオンラインでインタビューを実施し、その経験や思いを語っていただいた。

この語りの収集は、英国オックスフォード大学で作られているDIPEx(Database of Individual Patient Experiences) をモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的とした、NPO法人ディペックスジャパンの手法に基づいて実施した。そこで、プロジェクト実施者であり、インタビュアーとなる研究者は、ディペックス・ジャパンにて、インタビュー方法や映像の撮影、個人情報保護、分析方法に関するトレーニングを受けた。さらに、最初の数回のインタビューはディペックスジャパンのメンバーによるバディングを受けて、1人目から十分なインタビューの質が確保できるようプロセスを踏んでいる。インタビュー内容は、研究者による数回の話し合いにてインタビューガイドを作成し、実施しながらブラッシュアップを行った。インタビューの内容、対象者の選定については、アドバイザリー委員と呼ばれる専門家8名を選定し、これら委員からのアドバイスを受けるアドバイザリー委員会を2回実施した。

語り手は、ディペックスジャパンのHP上での募集、聖路加国際大学小児看護のHPやSNSでの募集、アドバイザリー委員である支援者NPOのHPやSNSでの募集を通じ、できるだけ日本全国の地域のインタビューを実施できるよう配慮し、お子さんの年齢についても0歳から成人まで多岐に渡るように努めた。また、これら質的研究の実施については、聖路加国際大学の倫理委員会にて承認を得ている。

インタビュー内容は、質的研究ソフトであるMAXQDAを用いてコード付けを行い、その後トピックごとのまとまりを見つけるクラスター分析手法OSOPを実施した。そこからいくつかの典型的な語りや、注目すべき語りを抽出し、トピックサマリ―と呼ばれるストーリーを作成した。語りの内容は、動画、音声、テキストで記録され、どのような形式で記録するかは、語り手の同意により決定された。

トピックサマリ―と呼ばれるストーリーは、アドバイザリー委員(医師、教育者、行政、看護、当事者・支援者)によるチェックを経て、映像・音声編集を行い、それをHP上の公開に向けたページの構築を行った。HP上の公開であるため、個人や地域の匿名化、疾患名の公表の有無については、慎重な判断を行った。

語りの中では、医療的ケアや障害を受け止めることの苦しみ、医療的ケアを身に着け在宅で実施することの緊張感、保育園や学校での付き添いによる母親の就労困難、将来の子どもの居場所の確保など多岐に渡る。プロジェクト期間である2021年6月に国会で医療的ケア児支援法が成立するなど、注目を集めるキーワードともなっている。

プロジェクトの成果であるデータベースは、2023年3月に内部公開を開始し、7月に一般公開、9月2日に公開記念イベントを企画している。公開先のURL:https://www.dipex-j.org/med-care-child/

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  • 2020年はコロナ禍でオンラインイベントを開催した

助成期間終了時点での成果と今後期待される波及効果等

Describe the results at the end of the grant period and expected ripple effects

 助成期間終了の2023年3月末時点で、学校生活や日常生活に関わる8つのトピックが完成し、インタビュイーやアドバイザリー委員を中心とした内部公開を実施した。2023年6月までには、行政とのやりとりや、周囲のサポートなどを含む合計20トピックほどが完成し、7月に一般公開、2023年9月2日に聖路加国際大学にて公開記念シンポジウムを行う。

 語りの中では在宅で医療的ケアの必要な子どもと生活するには、親自身が必要な医療的ケアの手技や知識を身に着け、日々、子どもへのケアを実践していかなければならないこと、子どもの命に関わるケアである、気管切開部分のたん吸引や人工呼吸器の管理は、片時も気を抜けず寝ても寝た気になれない日々となること、経管栄養を行う時間、酸素ボンベの残存量など、いつも何かを気にしており、日常的な体位交換やおむつ交換、移動時の移乗などもあり、精神的、肉体的、時間的な負担は大きいことが語られた。医療的ケア児を抱える家族の生活の実態を生の声で聴けることは、文字だけでは得られない、力強さを感じさせる。

 語りの中では、NICU(新生児集中治療室)でたくさんの管につながれたわが子と対面したときの受け入れがたい気持ち、小児科病棟で狭いベッドに横になり、食べること寝ることトイレに行くことすらままならない付き添い生活を送るつらさ、仕事と育児の両立を思い描いていたのに、毎日のケアを理由に仕事をあきらめざるを得なくなったという無念。たくさんの苦しい経験が語られると同時に、障害をもつ子どもを育てたからこそ、これまでとは全く別の新たな世界が開けたという感謝の気持ち、子どもの笑顔が見たいという生活の楽しさ、ゆっくりの発達の中でも感じられる子どもの成長の喜びといった、充実した子育ての日々も語られる。データベースの公開により、医療的ケア児の存在や困りごとを社会に広く知ってもらうきっかけとしたい。

 その中でも今後期待される波及効果として、教育現場や、政策に対する提言すべき項目も抽出される。例えば、在宅支援の制度があっても利用できることを知らずに何年も過ごしていたという話、制度への申請がしたくても介護のため行政の窓口に行くことが困難であきらめたというケース、紙媒体中心の手続きや年度ごとに同じ書類を書くことの煩雑さといった利用者の不満を多く聞いてきた。2021年に医療的ケア児支援法が成立し、医療的ケア児の保育園の受入れや学校等の送迎手段に関する制度も各自治体で運用が始まっているが、行政支援は補助金の支給だけで訪問看護師や介護タクシーなどの業者探しは家族任せで、業者が見つからずに制度が利用できないという話も聞く。行政と家族の間でのニーズのすれ違いや情報提供の不足という事態が理解できた。そこで、行政におけるオンライン化と細やかな情報提供、ニーズのマッチングといった提言といった次の課題も見えてきた。

 データベースを公開するだけでは十分ではない。次のフェーズとして、語りの動画を使った教材作成やイベントを企画し、教育活用や政策提言につなげていくことが今後の活動の中心となる。2023年9月5日には、日本家族看護学会で語りの動画を使った看護教育者向けのワークショップを開催する。このような活動を広げていきたい。

  • 広報用2つ折りパンフレット表紙
  • 広報用2つ折りパンフレット中面

プロジェクト情報

Project

プログラム名(Program)
2019 研究助成 Research Grant Program     
助成番号(Grant Number)
D19-R-0049
題目(Project Title)
医療ケア児の家族の「語り」によるデータベース構築 ―家族と地域のつながりを生み出す社会的資源として
The Database Construction of ”Narratives” by Family with Medically Dependent Children: As a Social Resource to Nurture Communal Connection and Support
代表者名(Representative)
畑中 綾子 / RYOKO HATANAKA
代表者所属(Organization)
尚美学園大学総合政策学部
SHOBI university
助成金額(Grant Amount)
5,200,000
リンク(Link)
活動地域(Area)