助成対象詳細
Details
企画書・概要
Abstract of Project Proposal
実施したプロジェクト内容と方法
Describe the implemented project and the method used
本プロジェクトは、日本に典型的な過疎・少子化に悩む高松市塩江町の「幸福なダウンサイジング」に向けてのコミュニティの再評価と繋ぎ直しを大きな目標として掲げた。そのために、塩江町の歴史を文化人類学的、民俗学的に調査し、その調査結果をアートを使って表現するという方法を用いた。
この方法によって住民が自然と継承してきた「塩江町の生きる知恵と歴史」の発掘と人々の関係性を明らかにし、それらを、有識者を含む町内外の人々に興味を持ってもらえる形でアウトプットし、「地域住民の町への肯定的な視線を取り戻す」ことを達成しようと考えた。
2020年の目標としては、塩江町の3地区及び隣接する地域の広範な歴史調査と、1地域の集中的な調査を並行して進めることを掲げたが、COVID-19の影響により有識者の来訪、コミュニティを越境しての調査、パフォーミングアーツを織り交ぜて実施する不特定多数を招いた報告会等の当初予定のほとんどが大幅な変更を余儀なくされた。結果として2020年度は無理のないペースで事業を進め、2021年度に助成期間を延長していただき、本格的な着手となった。
2021年度に事業を再構築するにあたっては、無理に1年で完結させる事業の形を作るのではなく、コミュニティに負荷をかけずに信頼関係を作り上げることを大前提として構想した。
具体的に実施した内容としては、高松市塩江町の上西地区、内場ダム湖の畔に位置する古民家を調査の中心的な対象及び拠点とし、塩江町歴史資料館の分館、「宿泊できる歴史資料館」として整備をしながら付随する様々な調査やワークショップを行った。
調査の過程で「いにしによる」(讃岐の方言で「帰り際に立ち寄る」の意)と名付けられたこの古民家は、地域の著名人が住んでいたような知名度のある家ではないものの、建物の構造、建材の由来、残されている道具や家具、紙媒体などの記録を綿密に調査することで、かえって地域にとって普遍的な話題を提供する場となっていった。
手法としては、文化人類学者の知見をお借りして「いにしによる」に残されていた雑多な民具をなるべく捨てない形で整理し、その中から特に面白いものに関して、実際にその家で幼少期や新婚時代を過ごした方にインタビューを行った。その全ての過程で別の地域での空き家をフィールドにした作品制作に実績のあるアーティストや大工に同席していただき、見聞きした内容を元に収集した民具の展示方法や家の歴史を保存したままの改修方法等を考案していただき、展示・改修作業を行った。
改修の過程では、大工仕事や掃除をワークショップ化し地域住民と一緒に行うことで、本プロジェクトが完成品だけでなくプロセスを重視し、一緒に作業することで自然と行われるコミュニケーションを通して相互が与え合う影響や情報と、それに依拠するアウトプットを大事にしていることを示し、小規模ながらも深い関係造成に努めた。また、古民家の外面だけを残して内側を完全にリニューアルしてオシャレにするような形の改修ではなく、一見汚れや破損に見えるものであっても、そこに家族史や地域史が見えるものであれば躊躇いなく再利用することで、地域住民の歴史の積み重ねの中には何一つとして破棄されてよいものはないという企画コンセプトを実際に実現するための努力を行なった。
また、古民具展示にあたっても、地域史の一貫性を重視したため、一見すると昭和から平成にかけてのそれほど貴重ではないプラスチック製の家具なども一つの文化指標として意味づけ、アーティストの目線を交えながら展示したため、非常に古い農具の横に昭和後期の掃除機が並ぶなどという不思議な空間を作り上げることとなった。
調査にあたっては、COVID-19の状況を鑑みながら、「いにしによる」以外の塩江町と周辺地域の歴史や文化を知るための文化人類学的調査も進め、企画の空間的発展性を常に意識した。また、パンデミックの時期であっても私たちはある種のカンパニー(パンを分け合う仲)であることを大切にし、可能な限り飲食を共にしながら作業を進めた。
助成期間終了時点での成果と今後期待される波及効果等
Describe the results at the end of the grant period and expected ripple effects
本助成期間終了後の 2021年3月時点で、有識者が10回程度来訪し、調査とアウトプット作業を進めた。
1.量的な成果について
調査事業としては、内場ダム湖湖畔の「いにしによる」の民俗学的、歴史学的調査と塩江町と周辺地域の民俗学的調査を行い、関連する住民へのインタビューの総時間は26時間以上となった(インフォーマントの数は8名)。
「いにしによる」の民具に関する作業成果としては250以上の物品の整理、ナンバリングと展示のための検討を行なった。ワークショップや報告会に参加した地域住民の総数は16名、(有識者を除く)塩江町外の住民は26名と小規模に留まるが、RNC西日本放送の番組内で企画の一部が取り上げられた他、香川県内の公立の歴史資料館・民俗資料館の学芸員などにしっかりとリーチし、関係性を構築することができた。また、企画の趣旨に賛同した高松市内の住民から今後の企画への参加希望や古民家改修に必要な物品の寄付の申し出なども断続的にいただいている。
塩江町歴史資料館の分館であり、今後の活動の拠点となる「いにしによる」の整備状況については、2F部分(宿泊施設兼歴史資料展示室)の進捗状況は概ね60%程度であり、懸案であった強化ガラスを用いた「床下アーカイヴ」に関しては半分が完成した。2F部分は2022年度完成と開館を目標に進めている。1Fの歴史資料・アート展示部分に関してはプランニングの修正を行いつつ30%程度の進捗状況であるが、こちらは2023年度完成を目標としている。
2.質的な成果について
目的であった「塩江の生きる知恵と歴史の発掘」に関しては、塩江町の84%を占める山林との付き合い方、それに関する民間信仰等の史料、証言等を収集することができたものの、当初想定していたほど体系的で広範な形の成果を達成することはできなかった。とはいえ、塩江町周辺の歴史的、文化的関わりを持つ具体的な地域をある程度線引きすることはでき、またこれから大きな構図を描くのに必要な断片を多く収集することはできているため、道筋はついてきたと言える。
「地域住民による町への肯定的な目線を取り戻す」という点に関しては、意図していた形だけでなく、有識者や町外の人々とのコミュニケーションの誤配を通して様々な形で達成できた。特に、地域住民にとって価値がなく、どうしようもないと思っていた空き家や古い家財などが適切な目線と方法、そして意図をもって扱うことで歴史的、民俗的な価値を持つということ、さらに踏み込んで観光コンテンツになるようなポテンシャルを持っていることを実際に目に見える形で示すことができた点は非常に大きな成果である。
上述の通り直接的に参加した人数こそそれほど多くはないものの、地域に溢れる空き家や廃屋に対して住民がそれまで思いもよらなかった形での価値を提供するモデルハウスとしての機能は、未完成の現時点でさえ持ち始めており、私たちに調査や改修を依頼してくださる住民もでてきた。
今後は別の助成金等も投入しながら追加の調査と施設の完成を目指すとともに、COVID-19の影響で満足に実施できなかったアウトプットも実践していくことになる。これにより、今回参加してくださった住民の方々に及ぼすことのできた影響をより広範に拡大していくことが期待できる。加えて、地域住民と高松市行政202626年完成予定の新道の駅しおのえを軸とした町おこし事業に、本プロジェクトの母体となっている法人、一般社団法人トピカが参入していることを上手に活用し、調査の成果を町おこしのコンセプトや観光コンテンツ作りに活かしていくことができると考えている。
最後に、COVID-19のパンデミックという大変な情勢の中でも、コミュニティの安全と安心を真摯に考え、科学的な知見と社会的な配慮を地域に示すことで、かえって強い信頼関係をプロジェクトメンバー、地域住民、有識者の間で構築することができた。有識者の再訪を心待ちにする住民と、故郷に帰ってくるような気持ちで何度も足を運んでくれる彼ら/彼女らというコミュニティの形をしっかりと作り出したことは、今後どんな形で企画を進めるにせよ、大きな財産となった。
広報誌 JOINT
Joint