助成対象詳細
Details
2017 研究助成プログラム Research Grant Program [ (B)個人研究助成 ]
いかに炭鉱を語り継ぐか―旧産炭地筑豊の地域住民と共に学び、聴き、考え、語ることを通した民俗学的研究―
How Can We Talk about Coal Mines?: A folklore study through learning, listening, thinking, and talking with local residents in Chikuhō, a former coal mining area in Japan
How Can We Talk about Coal Mines?: A folklore study through learning, listening, thinking, and talking with local residents in Chikuhō, a former coal mining area in Japan
企画書・概要
Abstract of Project Proposal
実施したプロジェクト内容と方法
Describe the implemented project and the method used
【実施報告書】http://toyotafound.or.jp/research/2017/data/Akari_Kawamatsu_final_report_D17-R-0780.pdf
福岡県筑豊は、かつて日本最大の石炭産出量を誇った産炭地であった。しかし、既に多くの炭鉱が閉山してから約半世紀が経過している。本研究プロジェクトは、筑豊の炭鉱をめぐる記憶や歴史を、現在/過去において誰がいかに継承し語り継ごうとしているのか/きたのかを明らかにしながら、研究代表者も含めた炭鉱の「非体験者」が、筑豊の炭鉱を語り継いでいくための考え方や方法論を描き出すことを目的とするものである。
特に本研究が探求するのは、炭鉱に生きた人の経験の歴史を人が語り継ぐための考え方と方法である。近年、「近代化産業遺産」などの名のもとに、近代産業の歴史は、しばしば「誇るべき遺産」と「負の遺産」、あるいは近代史の「光と影」といった言葉で二項対立的に捉えられる傾向にある。しかし、研究代表者はこれまの研究課程で、二項対立的な捉え方の双方に対して「そうやない」、「そんなもんではない」と炭鉱労働体験者が発言するのを耳にしてきた。しかし、そのようにして否定形の言葉で既存の炭鉱をめぐる言説・語りを批判する人々が、どのような語り方なら良いと考えているかは明らかでなかった。
むしろ、元炭鉱労働体験者自身もまた、炭鉱で働いた自身の経験をどのようなものとして理解すればよいのか、悩み続けているようにさえ思われた。そして、炭鉱を語り継ぐ活動をしている筑豊地域の人びとの内一定数の人びとは、研究代表者が自分たちと同じ語りをできるようになるかどうかより、「この新参者は、自分たち筑豊の人間から/と共にどのような学び、どのような言葉を紡ぎ出していくのか」ということに関心を持っていることが看取された。
そこで、本プロジェクトでは、研究代表者がプロジェクト開始以前から主催していた、筑豊の「女坑夫」と呼ばれた女性坑内労働者への聞き書きに学ぶ会、「地べたの声を聴く会」を中心的な学問的実践の場として再定位した。そして、この場を研究代表者が主催すると同時に、会の場で行われる参加者たちの話や実践に学ぶことで、「そうではない」炭鉱の歴史の語り継ぎのあり方とは具体的にはどのようなものであり得るのかを研究代表者も主体的に実践する中から探求しようとしてきた。この実践的研究活動を実施する理論的な基盤として、本研究企画では、聞き書きという方法によって過去の事実をそれを語る他者の心情ごと理解しようとし、さらに、それを他者に伝達(伝承)する人々の心情もとらえてきた民俗学の認識のあり方・考え方に依拠した。本研究では、研究代表者と、筑豊において研究代表者がその方法に学び共に活動する人々を、共に「民俗学的実践の主体」と位置付けた。そして、その実践を再帰的に検討しながら、炭鉱を語り継ぐ新たな語り方や表現方法を探求・考察した。さらに、このような実践的な研究と同時並行で、研究代表者がプロジェクト開始以前から行ってきた参与観察的な調査や、聞き書き・インタビューを実施し、「地べたの声を聴く会」での地域住民たちとの対話を通して得た考え方や方法を応用して調査方法自体を不断に改善し続けることで、二項対立的なものの見方だけ「ではない」炭鉱をめぐる経験の歴史と、それを語り継ぐ方法・考え方を明らかにしようとした。
以上の実践的な探究活動の成果は、プロジェクトの進行過程で常に「地べたの声を聴く会」の開催や本プロジェクトの一部として行う聞き書き・インタビュー、参与観察調査の視点や方法を再帰的に応用させた。さらに、プロジェクト全体の研究成果は、炭鉱を「語り継ぐ」ことから「話し、問い続ける」ことへとその実践形態を変化させていくような形で民族誌として提示する(プロジェクト終了後も継続)。筑豊で、地域住民に学び、地域住民に支えられながら行われるささやかな研究・実践の中から、「他者の体験を非体験者がいかに語り継ぐか」という現代社会の普遍的な課題に対しても、新しい考え方・方法を提起し得ると考える。
助成期間終了時点での成果と今後期待される波及効果等
Describe the results at the end of the grant period and expected ripple effects
本研究プロジェクトは、「体験者」がいなくなりつつある歴史のうち、近代日本の基幹産業であった炭鉱の歴史・記憶を「非体験者」がいかに語り継ぐべきかという社会的課題に、民俗学的な立場から取り組むものであった。具体的には、筆者がこれまでもフィールドとしてきた福岡県の旧産炭地筑豊において、現在/過去において誰がいかに炭鉱を語り継ごうとしているのか/きたのかを探求し、その中から「非体験者」が炭鉱に生きた人の経験の歴史を語り継ぐための考え方と方法を紡ぎ出すことを目的として、研究を進めてきた。
上記の研究目的を達成するにあたり、本プロジェクトでは、研究代表者がフィールドワークの過程で2016年から主催するようになっていた「地べたの声を聴く会」(略称「地べたの会」)という小さな集まりを、筆者が地域住民と共に聴き、学び、話し合い、新たな知を形成していく拠点として意識的に位置づけ直そうとしてきた。この際、日本民俗学の認識の基盤にある心情論に依拠しつつ、筆者と、筆者がその方法に学び共に活動しようとする人々の両者を、「民俗学的実践の主体」として定義した。そのうえで、「民俗学的実践」とその主体のあり方を筑豊から考察するために、筑豊の記録文学作家・上野英信の聞き書きの方法を検討した。そして、上野が筑豊で文学活動を続ける過程で、炭鉱労働者たちの〈ただ中で〉自身のことばを生み出すという方法をつかんでいったことが見えてきた。ここから、「民俗学的実践の主体」には、筑豊に生きた人びとのただ中で〈わたし〉自身のことばを生み出し、さらにそれを〈わたしたち〉が「残すはなし」へと昇華させることが求められていると結論づけた。このように考える時、「地べたの会」に集う人々は筆者にとって「民俗学的実践の主体」の先駆者として位置づけられるべき存在となる。
以上を研究・実践の基盤としつつ、本プロジェクトでは「地べたの会」の開催と再帰的考察を行った。この結果、プロジェクト終了段階では〈わたしたち〉「非体験者」が筑豊炭鉱を語り継ぐ方法の1つとして、炭鉱に生きた人の話を語り継ぐと同時にその生き方を〈わたし〉自身の「身の上話」として生きようとすることの重要性が見出された。「地べたの会」の意義や役割について参加者たちと話し合う中で次第に明確になったことは、この会は聴き、話し合うということ以外には何も生み出さないということであり、それだからこそ良いのだということだった。「ぐだぐだと」話を聴き続けるだけの参加者は、時折冗談交じりに筑豊炭鉱の怠け者・「スカブラ」になぞらえて形容された。「地べたの会」で紹介されたあるスカブラは、仕事をさぼって見てきた芝居を面白おかしく仲間に語り聞かせる役目を担った。一方、「地べたの会」の主題でもあった女坑夫たちの多くは、スカブラ夫に悩まされながら働きぬいてきた人物である。結局、〈わたしたち〉は「スカブラ」になり切ってしまうわけにはいかないのだ。そのような矛盾を抱えた存在として、過去に生きた人びとの話に耳を傾け、人びとの問いを自分の身に引き受けて問い、話し続ける「まじめなスカブラ」としての生を実践するという生き方が、筑豊の炭鉱を単に「光と影」「正と負」のような二項対立的な問題に回収せずに炭鉱に生きた人びとの話を語り継ぐ方法として浮かび上がってきた。
以上の「地べたの会」の開催とその反省を繰り返す傍ら、そこで得た方法を実践しようとして繰り返し実施してきた参与観察と聞き書き・インタビューから、本プロジェクトにおいては次の3つの成果を得ることもできた。
第1に、炭鉱に生きた人びとの日々の労働と楽しみの時空間的関係を個々人の経験的語りのディテールから具体的に明らかにすることができた。助成期間前半には、この頃の「地べたの会」で関心が高まっていた「〈わたしたち〉の文化をつくる」というテーマに着想を得て、筑豊のある町で、炭鉱時代を知る町民から炭鉱時代の娯楽について聞き書きを行った。ここで得られたライフストーリーから、炭鉱町が賑わった戦後の大炭鉱町と中小零細炭鉱(小ヤマ)地区では娯楽経験が著しく異なることが、その地形的な断絶と共に再確認された。また、各炭鉱労働者が坑内の自然環境や各炭鉱の技術レベルに規定される各労働現場で、それぞれに独自の遊びの時空間を創り出していた様を描き出すことができた。
第2に、特に「松岩菩提供養塔」という炭鉱の無縁物供養塔における供養の実践に関するフィールドワークを通して、語り継ぎにおける土地/場所とその雰囲気の重要性が明らかになった。関係者に繰り返し話を聞くことで、この供養塔の建立運動においては、破壊された炭鉱の共同墓地という土地/場所を雑多な市民が団結して再び墓地として取り戻したという事実に、その運動の本質が示されていることを了解するに至った。無縁の死者が埋葬された供養塔の建つ土地/場所の雰囲気と、そこを訪れる人びとのヴァナキュラーな創造性の相互性の中で、この土地/場所では炭鉱の歴史の継承と共に在日コリアンと日本人の友好関係の維持・構築が行われてきたのである。
第3の成果は、本プロジェクトの初発の問いであった元炭鉱労働者が炭鉱の歴史語りに対して発する「~ではない」という否定形の言葉こそが、「体験者」が自身の生に対して持つ「問い」を聴き手が共有するための出発点になりうるという気づきにある。本プロジェクトが探求してきた「ではない」語り継ぎの価値とは、現に筑豊にも存在する二項対立的な物語を全否定して新しく完成したストーリーを構築することではなく、また、既存の物語を批評することでもなく、炭鉱の歴史を物語化しようとする力に問いを発し続ける体験者の話を聴き続け、その問いを〈わたしたち〉の問いとして引き受けて生きることにあると言えるのである。
最後に、本研究プロジェクトの中で成果としては形にできなかった点を今後の展望・波及効果として示しておきたい。本プロジェクトは新型コロナウイルス感染症の流行により1年間延長された。この間、8カ月にわたって「地べたの会」も開催停止を余儀なくされた。コロナ禍の完全な収束を見通せないままに再開された会では、日常的な出来事の話を、誰かと単に顔を合わせて共有することの切実さについて多くの参加者から言及された。女坑夫の聞き書きをしてきた一人の女性の話を聴き、筑豊と炭鉱の歴史について学び考えることを結節点としてできた「地べたの会」が、コロナ禍を経てどのように展開するのかを再帰的に問い続けることで、人の話を聴き、話し合い、語り継ごうとすることを通して得られるかもしれない、世代を超えた人と人との「つながり」と経験の「共有」のより普遍的な役割が解き明かされ得ると考える。
成果物
Projects Outputs
- 運動としての大衆文化――協働・ファン・文化工作(D17-R-0780)
- 炭鉱犠牲者の供養と日・韓・朝の「友好」:日本の旧産炭地筑豊における住民実践を事例に(韓国語版)(D17-R-0780)
- 炭鉱犧牲者の供養と日・韓・朝の友好―日本の旧産炭地筑豊における住民実践を事例に(D17-R-0780)
プロジェクト情報
Project
プログラム名(Program)
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2017 研究助成プログラム Research Grant Program
【(B)個人研究助成
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助成番号(Grant Number)
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D17-R-0780
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題目(Project Title)
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いかに炭鉱を語り継ぐか―旧産炭地筑豊の地域住民と共に学び、聴き、考え、語ることを通した民俗学的研究―
How Can We Talk about Coal Mines?: A folklore study through learning, listening, thinking, and talking with local residents in Chikuhō, a former coal mining area in Japan |
代表者名(Representative)
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川松 あかり / Akari Kawamatsu
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代表者所属(Organization)
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九州産業大学国際文化学部日本文化学科
Kyushu Sangyo University, Department of Japanese Culture, Faculty of International Studies of Culture |
助成金額(Grant Amount)
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¥1,400,000
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リンク(Link)
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活動地域(Area)
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