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助成対象詳細

Details

2017 研究助成プログラム Research Grant Program   [ (A)共同研究助成   ]

世界の核実験補償制度の掘り起こしと国際比較調査―「ニュークリア・ジャスティス」に基づく核被害補償の規範を求めて―
Seeking Nuclear Justice: International survey and comparison of compensation measures/systems for the victims of nuclear tests

企画書・概要

Abstract of Project Proposal

  2017年採択された核兵器禁止条約は「核兵器の活動が先住民族に過重な影響を与える」ことを認識し、「被害者に対する援助と環境の回復」とそのための「国際協力」が規定された。核被害とその補償問題は世界各地にあるのだ。しかし、核被害に対する補償や援助で何が求められるのか、そもそも核被害をどう捉えるのか、その規範は形成されているとは到底言えない。
  そうしたなか本プロジェクトは、日本の被爆者援護法だけでなく、世界各地の核実験補償制度に着目する。まず現地調査を基に、世界各地の核実験補償制度を掘り起こし、地域実態を明らかにする。次に国際比較調査に取り組み、世界で達成された補償制度の到達点を確認し、各地の課題や特色を明らかにする。そして国際法の議論と核被害者に対する医療の知見を重ね、核被害者が打ち出した「三つのほしょう」や「ニュークリア・ジャスティス」の思想に注目する。そのうえで「ニュークリア・ジャスティス」を求めて、核被害をどう捉え、その補償をどう進めていけばいいのか、その基本的な考え方を提示する。
  同時に、核被害を受けた世界各地の現場とつながり、グローバルヒバクシャ研究という新たな研究分野を開拓していく。
 The Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons adopted in 2017 declares the significance of "victim assistance and environmental remediation" as well as "international cooperation and assistance" based upon its recognition of "the disproportionate impact of nuclear-weapon activities on indigenous peoples." As acknowledged by the Treaty, nuclear disasters and related compensation issues have become global phenomena. Nevertheless, international community has yet to establish the standardized models of compensation system for nuclear victims. Neither have we found answers to such questions as "How can we conceptualize invisible nuclear sufferers?" Given the pressing problems mentioned above, this project examines compensation measures created not only for atomic-bombing survivors but also for those who have been victimized by nuclear tests all across the globe. With a prime emphasis on fieldwork, it investigates the state of victimhood and social assistance system in each society. Building upon this comparative international approach, it sheds light on the achievements, challenges, and characteristics of each compensation system and what we have achieved on the global scale. The project discusses issues related to international humanitarian law and medical treatment for nuclear survivors while theorizing such concepts as "compensation for the past, the present and the future" and "nuclear justice" which nuclear survivors came up at the same time. In our search for "nuclear justice," we offer our basic understanding of nuclear disasters and the kind of compensation system vital for the victims. Our research project as a whole will be a pioneering field of study, which we have named the "studies on global hibakusha."

実施したプロジェクト内容と方法

Describe the implemented project and the method used

「唯一の(戦争)被爆国日本」。核問題をめぐる議論でしばしば登場する決まり文句である。しかし核兵器や原子力の開発(以下、核開発)自体は推進され、その過程で、核被害者は世界各地で生み出されてきた。その現実の一端は、日本国内では原水爆禁止運動の場で当事者が参加し告発するようになり、その後、豊﨑博光や『世界のヒバクシャ』(中国新聞「ヒバクシャ」取材班編)など先駆的な報道調査を通じて問題提起されてきた。
 
 2017年に採択され、2021年に発効した核兵器禁止条約は、前文で「核兵器の使用の被害者」だけでなく、「核兵器の実験により影響を受ける者」も「容認し難い苦しみと害」を受けたことに言及する。さらに核実験だけでなく、「核兵器の活動が先住民族に過重な影響を与えること」も前文に記されている。そのうえで「被害者に対する援助と環境の回復」とそのための「国際協力」が、同条約の6条、7条に規定された。

 しかし、核被害に対する補償(援助)で何が求められるのか、そもそも核被害をどう捉えるのか、その規範は形成されているとは到底言えない。世界の核被害補償制度は未知な部分が多い。管見した限り、世界の核被害補償の比較研究はなされてはいない。そこで広島、長崎の原爆とともに、核被害を受けた世界の現場に出かけ、行動力と実践力を備えた方々が集い、国際法、医学、環境政策などの知見をもつ方々とも連携し、本共同研究は進めた。

 1) 共同研究の議論の土台づくり
 「本共同研究で掘り起こす補償制度とは何か」をめぐる議論を重ねた。研究題目にある「補償」とは、『法律用語辞典(第4版)』(有斐閣)の定義に従い、核兵器禁止条約の被害者「援助」や、被爆者「援護」も、いずれも「補償」に含むものとした。「真の補償ではない」と排除するのではなく、補償制度の概要をおさえていく方向性を確認した。
 また「核実験にのみ限定をするのか」との疑問も出された。ウラン鉱山採掘から核廃棄物の処理に至るまで、核開発のすべての段階で核被害は生み出されることを共有しつつ、本プロジェクトでは、核兵器禁止条約を見据え、まずは核五大国の核実験に伴う被害援助を掘り起こすことを確認した。比較にあたっては、核実験のみならず、広島・長崎の原爆投下、チェルノブイリや福島の原発事故、さらには公害に伴う、それぞれの補償や被害者援助措置などの知見を、研究メンバーの内外から得ながら、進める方向性を確認した。

2) 世界各地の核被害補償制度の掘り起こし
 予備調査を進めるなかで、日本の被爆者援護法だけでなく、米、旧ソ、仏、英、中の核五大国の核実験に対する補償制度は存在することが確かめられた。そのうえで世界各地の核実験補償制度の概要をつかむべく、関連法をまず押さえていった。米国、カザフスタン、マーシャル諸島、仏領ポリネシア、中国、オーストラリアなどで確立している、核実験被害補償制度の関連法を入手することができた。
 あわせて関連法をどのように読み解いていくのか議論を重ね、現地調査を踏まえながら、核実験被害補償制度の理解を深めた。補償制度確立までの道のり、何をもって補償対象とするのか、被害の捉え方、因果関係の立証の方法、審査制度などに着目するとともに、対象内だけでなく対象外とされてきた人たちにも目を向けながら、課題や改正に向けた動きを押さえていった。

3) 比較項目の策定
 公害補償制度の比較研究の知見も提供いただき、広島、長崎の原爆被害ならびに世界各地の核被害の現状、さらに核兵器禁止条約の規定を踏まえ、補償制度の比較大項目を次のように決定した。①被害補償関連法令の概要、②健康面の影響に対する措置(疾病対策、健康管理対策など)、③生活面の影響に対する措置(生活支援措置、恩給・年金の加給など)、④その他の措置(健康面と生活面以外の影響に対する措置、心理的な支援、死没者に対する措置、追悼事業など)、⑤影響を把握し緩和する措置、⑥不均衡な影響を踏まえた措置の以上6点である。

4) 研究会、公開研究会
 一連の研究の共同研究会は、コロナ感染拡大前は、共同研究メンバーの仲間内だけで実施するのではなくて、関心をもつ方に広く声をかけて開催し、メンバーを増やしながら対面で実施した。発信ということも念頭に、NGOの方、ジャーナリストの方、資料館の学芸員も加わり、また将来に繋いでいくことを念頭に、20代、30代の次世代にも意識的に声をかけて、共同研究会を開催した。コロナ感染拡大後は、オンラインで開催に切り替えたが、オ100人規模の公開研究会をオンラインで開催するとともに、月1回程度の研究会を地道に積み重ねた。

助成期間終了時点での成果と今後期待される波及効果等

Describe the results at the end of the grant period and expected ripple effects

成果① HP制作

Seeking Justice: Compensation for Nuclear Victims/Survivors around the World

https://nuclear-justice.net

トヨタ財団の共同研究の成果を活かし、広島・長崎の被爆体験を持つ日本から世界に発信していく英語のHPを作成した。世界各地の核被害が抱えていることを埋もれさせてはいけないと、米国、カザフスタン、マーシャル諸島、仏領ポリネシア、オーストラリア、日本などで核被害者と出会いながら調査をしている研究者らが、国際法や環境政策の研究者や、医師らとともに、翻訳を含め共同研究で培ったネットワークを活かして、多くの方に協力いただき作成しています(https://nuclear-justice.net/about)。


このHPは、米国、旧ソ連、英国、フランス、中国の核実験や、広島、長崎の原爆投下を中心に、世界各地の核被害とその補償に関して関心を持っている方が調べたり、核被害とその補償を求めている当事者や支援者の方が手掛かりを探ったり、核兵器禁止条約が規定する被害者援助と国際協力をどう進めていくのかを検討したりするなど、みなさんに活用していってもらえれば大変うれしく思う。


例えば、こちらの地球儀(https://nuclear-justice.net/country-jurisdiction)を回しながら気になる国・地域をクリックすると、調べたい国・地域の情報にぶつかることができる。日本のところには、広島、長崎の原爆被害者に対する被爆者援護法の解説とともに、同法律の全文を英訳して公開している。被爆者援護法の英語訳は、厚生省、広島市、長崎市においても行われておらず、おそらく世界で初めてのもので、日本の制度を世界に知らせていく基盤にもなっていくものだろう。


成果② 英語の論文集制作

世界各地の核被害者に対する補償制度をまとめた、英語の論文集Investigation on Compensation Measures for the Nuclear Victims/Survivors around the World: in Light of the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons(『世界の核被害者・被爆者に対する補償措置に関する調査研究:核兵器禁止条約を見据えて』)を広島大学からオンラインで発行した。論文集は、以下からダウンロードすることができる。https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/journal/cphu_en/--/35

核兵器禁止条約が発効し、2022年6月に開催された核兵器禁止条約第1回締約会議が開催されるなかで、核被害者援助は、同条約の主要議題になってきている。そうしたなか国際人道法の見地からBonnie Dochertyらが対人地雷禁止条約とクラスター弾禁止条約の流れで、核被害者の援助や国際協力に関して積極的に提言を出している。また核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のなかでも、世界各地の核被害補償制度に着目した調査が始まっている(Duzer and Sanders-Zakre[2021])。そうしたなかで、この論文集は、日本から核兵器禁止条約の核被害者の援助や国際協力を論じていく一つの基礎となる学術的な情報を提供するものとなろう。


成果③ 日本社会への発信、市民社会との協働

2020年10月、核兵器禁止条約の批准国が50か国を超えて、2021年1月に発効することが決まった。同条約の核被害者援助と国際協力に先駆的に着目した研究として、この共同研究に対して、社会的な注目がより集まった。

そうしたなか2020年12月19日(土)10:20~16:00は、特集「核汚染被害をめぐる国際制度比較」 『環境と公害』(第50巻2号、岩波書店、2020年10月)を踏まえて、JEC(日本環境会議)環境問題セミナーとの共催でオンライン公開研究会を開催した。延べ100名あまりの参加者を得て、研究メンバーの発表や議論とともに、研究メンバー以外の医師、哲学者、NGO関係者らにもコメントをいただいき、国際比較を展開し、まとめていくうえで有意な機会となった。

2022年6月核兵器禁止条約第1回締約国会議に向けては、核被害者の援助と国際協力をどのように進めていけばいいのか、締約国への提言書づくりを、約1年間かけて、NGO関係者らとともにすすめた。広島、長崎両市長や両知事の賛同も得て、締約国会議の公式文書として提出した。同締約国会議に参加したメンバーが、上記の論文集とあわせて提言書の普及に務めた。

(英文全文)

https://nuclear-justice.net/wp-content/uploads/2022/06/TPNW1MSP_JapanCivilSociety_Recommendations.pdf

(日本語版全文)

https://nuclear-justice.net/wp-content/uploads/2022/06/TPNW1MSPJpCSRecommendations_JPN.pdf


また新聞などのマスコミのコメントなども積極的におこなった。詳しくは、下記の「メディア掲載」を参照されたい。https://toyotafound.secure.force.com/psearch/JoseiDetail?name=D17-R-0265

日本語の論文としては、『環境と公害』(第50巻2号、岩波書店、2020年10月)に特集「核汚染被害をめぐる国際制度比較」を組んで発表した。https://www.iwanami.co.jp/book/b548454.htmlまた「核兵器禁止条約がもつ可能性を拓く――世界の核被害補償制度の掘り起こしと比較調査を踏まえて」(『平和研究』58、日本平和学会、2022年9月)が刊行予定である。


今後期待される波及効果

以上のものは、ウクライナで戦火があがるなかですが、核兵器の国家の戦略にだけ目を奪われるのではなく、核兵器の開発で犠牲になってきた「小さき人々」(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)に思いを寄せる一助になればと考えている。核兵器禁止条約が定める核被害者の援助と国際協力を実行していく一つの情報媒体を築き、またそのためのネットワークをある一定程度作ることができたことは、大きな収穫であった。今後は、残された研究課題に向き合いつつ、他の研究費獲得を模索し、国内への情報発信も強め、今後も地道に取り組んでいきたいと考えている。トヨタ財団の関係者の皆さま、とりわけこの共同研究会に関心を持っていたいただいた担当者の皆さまに感謝いたします。

プロジェクト情報

Project

プログラム名(Program)
2017 研究助成プログラム Research Grant Program   【(A)共同研究助成  】
助成番号(Grant Number)
D17-R-0265
題目(Project Title)
世界の核実験補償制度の掘り起こしと国際比較調査―「ニュークリア・ジャスティス」に基づく核被害補償の規範を求めて―
Seeking Nuclear Justice: International survey and comparison of compensation measures/systems for the victims of nuclear tests
代表者名(Representative)
竹峰 誠一郎 / Seiichiro Takemine
代表者所属(Organization)
明星大学人文学部
School of Humanities, Meisei University
助成金額(Grant Amount)
6,200,000
リンク(Link)
活動地域(Area)