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助成対象詳細

Details

2017 研究助成プログラム Research Grant Program   [ (A)共同研究助成   ]

中世ジャワの死生観を「詠む」―映像ナラティブによる浮彫壁画解釈の質的転換と文化伝承の可能性―
"Reciting" the Cosmology of Life and Death in Medieval Java: The qualitative shift of relief interpretation by audiovisual narrative and its potential for cultural transmission

企画書・概要

Abstract of Project Proposal

遺跡という有形の文化遺産に無形の身体伝承を再接合することで、人・土地・文化の関係に豊かな息吹を蘇らせることはできないか。この問いから本研究では欧米の文献史学的枠組で理解されてきた、インドネシアの遺跡に残る神話・説話の浮彫壁画群の再解釈に挑む。焦点は、東ジャワの中世遺跡群に考察される、以下の遺跡と壁画の身体的な関係性である。
 1) 多くは「供養塔」として当時の巡礼慣習と関連した。
 2) 壁画は建築が体現する「死生観の象徴構造」の一部であった。
 3) 壁画内容は一種の御詠歌として「詠まれる」形式であった。
 以上の要素はジャワの儀礼・芸能に分散的に伝承されている。従って本研究の目的は、近代に「読むテクスト」として分離した浮彫壁画を、死生観の象徴的全体性での「詠む行為」へ身体的に再統合し、中世ジャワ文化への理解深化を促すことにある。
 ここで実践的挑戦として、遺跡の象徴的空間構造と浮彫壁画の身体表現性(吟詠)を融合した映像ナラティヴ製作を行う。グローバル化の一方で高まる人々の歴史への関心をふまえ、遺跡理解をめぐる現地研究者との学際的連携の意義と、現代のメディア技術を生かした「心の伝承」のための発信を追求したい。
 Is it possible to revive an organic relationship between humans, the field, and culture by reconnecting intangible physical traditions with a tangible cultural heritage? This project explores this idea by reconsidering the narrative reliefs of candi (temple ruins) in Indonesia which have been largely interpreted through the lens of western philology. Of particular interest here is the assumption of a "physical relationship" between the medieval candi of Eastern Java and religious spaces as follows:
 1) Many of the candi were built as "monuments for the dead" and corresponded with pilgrimage practices in the medieval period.
 2) The narrative reliefs embodied the "structural symbolism of life and death," as they covered the entirety of the monument.
 3) The stories of contained in the reliefs were "recited" in a form of ritual poetry (Kidung/Kakawin).
 In order to deepen the understanding of medieval culture in Java, this project considers these relief narratives not as decontextualized "text[s] to be read" but rather as a form of "reciting practice" within a cosmological representation of life and death. We will also propose a new audiovisual narrative that integrates the structural symbolism of candi and the performance aesthetic of reliefs. Considering the increasing concern for history under the force of globalization, this project exemplifies the value of interdisciplinary study though international collaboration and the potential of urban media technology to aid in the "transmission of mind".

実施したプロジェクト内容と方法

Describe the implemented project and the method used

【実施報告書】https://www.toyotafound.or.jp/research/2017/data/AkikoNozawa_final_report.pdf


本プロジェクトは文化人類学者の野澤暁子、インドネシアの考古学者ヨハネス・ハナン、ジャワ影絵芝居の専門家ヨハン・スシロの学際的連携から、ジャワ島の遺跡(チャンディ)を「リビング・ヘリテージ」という総合的観点から再解釈し、映像作品の発信を通じて人・土地・文化の有機的な関係の価値を創出することを目的に企画された。対象は、東ジャワのテゴワンギ遺跡(1400年頃建造)の「スダマラ説話」壁画である。この説話は厄払い儀礼と関連した影絵芝居の演目としても伝承される一方、テゴワンギ遺跡の壁画との関係は現地でも殆ど知られていない。さらに1925年にオランダ人考古学者P. V. S. カレンフェルズが西洋の文献史学的方法論からテゴワンギ遺跡壁画の内容を出版して以来、スダマラ説話は主に「読むテクスト」として解釈・引用されてきた。

そこで本企画は東ジャワ州スラバヤ市の国立スラバヤ大学をプロジェクト拠点に、中世ジャワの説話壁画を接点とした「有形文化遺産としての遺跡」と「無形文化遺産としての影絵芝居」の文化的関係性を発信するメディア実践として、テゴワンギ遺跡・スダマラ説話の映像ナラティブ制作を行った。その活動は主に4点からなる。一つ目は、テゴワンギ遺跡の象徴的構造に組み込まれたスダマラ説話壁画の視覚化である(2018年7月/写真1)。ドローン技術等の活用によって、インドネシア人考古学者H. サンティコが指摘した東ジャワの主要な遺跡群とヒンドゥー神話の関係性から対象の構造的特徴を映像としておさめた。二つ目は、影絵芝居としてのスダマラ説話の撮影である(2018年8月/写真2)。上演は共同研究者である影絵師ヨハン・スシロ氏と国立スラバヤ大学音楽学科の学生によるジャワガムラン楽団との共演によって実現された。三つ目は、本来スダマラ説話の影絵芝居の上演文脈となっている厄払い儀礼ルワタンの撮影である。この儀礼はイスラーム化した今日のジャワ島(特に中部と東部)でも伝承される中世ヒンドゥー・ジャワ時代の文化である。2018年9月にスラバヤ市で大規模な集団ルワタン儀礼が行われたため、影絵芝居を含む一連の浄化プロセスの撮影を実施した。そして四つ目は、バリ島のスダマラ説話と儀礼の撮影である。この説話はバリでも伝承され、サプ・レゲールという名称の厄払い儀礼で影絵芝居として上演される。そこでスラバヤからの撮影チームとバリのファシリテーターの協働により、2019年4月にこの儀礼の撮影が実施された(写真3)。以上の実践において特に重要視したのは、現地の若手スタッフの活用である。この企画は次世代への文化的記憶の伝承を主眼としているため、対面およびオンラインでの意見交換を重ねながら、若手スタッフの主体的な映像制作をうながした。その結果、一連の制作過程において、編集者アディティア・プトラ氏、シナリオ・ライターのイクバル・ラマダン氏、そしてカメラマンのアムリ・ゼイン氏などが各々の実力を発揮し、成果作品が完成した。

その一方で代表である野澤は研究者の立場から、テゴワンギ遺跡およびスダマラ壁画に関するP. V. S. カレンフェルズの原著の研究を行った。その結果、三つの事実が明らかとなった。一つは、この解釈がバリ島の口承説話から着想を得た点である。二つ目は、カレンフェルズが複数の古文書のパッチワークにもとづくスダマラ説話のテクスト化の一方で、ジャワの影絵師と共同でこの説話の影絵芝居を創作した点である。三つ目は、カレンフェルズのバリ調査が、1917年のバリ大地震と1918年のスペイン風邪大流行による社会混乱からの復興過程で行われた点である。こうした背景を考慮に含めると、スダマラ説話影絵芝居の創出を通じてカレンフェルズと現地の人々が見出した「浄化」の概念には、当時の危機的状況における特別な意味合いが込められていたことが推察される。これは最終的にコロナ禍という世界的危機に直面したこの学際プロジェクトを歴史的視座から認識する上で、非常に示唆的な発見となった。

  • 写真1: テゴワンギ遺跡の撮影チーム
  • 写真2: 共同研究者スシロ氏による影絵芝居上演
  • 写真3: バリ島での儀礼撮影

助成期間終了時点での成果と今後期待される波及効果等

Describe the results at the end of the grant period and expected ripple effects

この企画は2018年8月25日の共同研究者ハナン氏の急逝や最終年のコロナ禍による成果発表会中止(2020年4月に予定)などの困難に遭遇したが、国立スラバヤ大学や若手スタッフの多大な協力から成果をおさめることができた。
 一つ目は、当初の目標である映像作品の完成である(写真4)。これは三か国語版「テゴワンギ遺跡のスダマラ壁画:インドネシアのリビング・ヘリテージ伝承のための映像プロジェクト(日本語版)」「Relief Sudamala di Candi Tegowangi: Sebuah Proyek Untuk Menuruskan Warisan Budaya Indonesia(インドネシア語版)」「The Relief of Candi Tegowangi: The Audiovisual Project for the Transmission of the Living Heritage of Indonesia(英語版)」として、日本、インドネシア、米国の計17の大学に寄贈された。
 二つ目は、代表・野澤の研究発信活動である。主な業績は、2019年7月17日の国際伝統音楽評議会(ICTM)のバンコク世界大会での学会発表、論文発表 “The Rediscovery of the Sudamala Story:The Narrative Relief of the Candi Tegowangi between Literacy and Orality” (『人文学論集 Vol. 4』、名古屋大学)である。その他にも南山大学人類学研究所での発信活動として、本プロジェクトに関するエッセイ「大根役者の述懐:ジャワ影絵撮影の出来事」の公開(南山大学人類学研究所HPに掲載)、第三回共同研究会での研究発表「ジャワ遺跡壁画の物語:文献学的解釈と文化実践」(2021年3月14日)を行った。
 三つ目は最終年の追加企画として実施した、バリとスラバヤの現地チームによる視聴覚教材(バリ:スダマラ説話のバリ版、スラバヤ:中世ジャワの説話「ブブクサとガガアキン」)の制作である。これは「ジャワとバリにおける中世ジャワ・ヒンドゥー文化の説話伝承」というプロジェクト・テーマを現地の視点からさらに発展させることに加え、コロナ禍での現地の学校教育で実施中のオンライン授業に活用する目的で企画された。現地主導型のこの企画は2021年2月から約2か月間という短い制作期間であったが、両チームの優れた主導力によって円滑に完遂することができた。
 そして四つ目は、以上の総括として2021年5月8日ジャカルタ時間9時~11時半に実施したオンライン成果発表会(使用言語:インドネシア語)である。多数の現地関係者や国立スラバヤ大学歴史学科の教員・学生を中心に約200名が参加し、大規模なイベントとなった(写真5)。発表会では本企画の成果作品(インドネシア語字幕版「Relief Sudamala di Candi Tegowangi: Sebuah Proyek Untuk Menuruskan Warisan Budaya Indonesia」)の上映(写真6)、代表・野澤暁子のプロジェクト説明、バリ・チームの作品「Filosofi Sudamala」とチーム代表イ・マデ・アグス・ティスヌ氏による作品解説、スラバヤ・チームの作品「Bubuksah dan Gagan Aking」とチーム代表・ナスティオン氏による作品解説を行った後、約20分の質疑応答では発表者と参加者の間で活発な意見交換が行われた。
 以上の成果を総括すると、本プロジェクトは一貫して「つながりの再構築」の実践であったと結論づけられる。ここにおける第一のつながりとは、これまで「有形文化遺産」とされてきたテゴワンギ遺跡およびスダマラ説話壁画と、「無形文化遺産」とされてきたジャワ影絵芝居や儀礼文化との本来的な結びつきである。本プロジェクトでは、近代化とともに切り離されていった二つの文化遺産を「リビング・ヘリテージ」という包摂的な概念によって再接合し、映像メディアとしてその関係性を発信することができた。そして第二のつながりとは、「スダマラ説話」という中世の物語文化を共有するジャワ島とバリ島の歴史的なつながりである。特に最後のオンライン成果発表会は、ジャワとバリの参加者が同じ由来をもつこの物語の文化的価値を共に再認識する場となった。こうした一連の経緯をふまえ、本プロジェクトは中世ジャワ・ヒンドゥー文化の多方向的な関係性を映像ナラティブとして発信した他、コロナ禍で普及したオンライン型コミュニケーションの活用によって地域を超えた文化的つながりを再構築した点において、インドネシア文化遺産の発展的な展望を得ることができたと考える。
  • 写真4: 成果作品のDVD(英・イ・日の三か国語版)
  • 写真5: オンライン成果発表会(2021年5月8日)
  • 写真6: 成果作品の上映(2021年5月8日)

プロジェクト情報

Project

プログラム名(Program)
2017 研究助成プログラム Research Grant Program   【(A)共同研究助成  】
助成番号(Grant Number)
D17-R-0108
題目(Project Title)
中世ジャワの死生観を「詠む」―映像ナラティブによる浮彫壁画解釈の質的転換と文化伝承の可能性―
"Reciting" the Cosmology of Life and Death in Medieval Java: The qualitative shift of relief interpretation by audiovisual narrative and its potential for cultural transmission
代表者名(Representative)
野澤 暁子 / Akiko Nozawa
代表者所属(Organization)
名古屋大学人類文化遺産テクスト学研究センター
Research Center for Cultural Heritage and Texts, Nagoya University
助成金額(Grant Amount)
3,300,000
リンク(Link)
活動地域(Area)